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参加チーム・ペナント



    ここは何処?(昔のスタジアム)
三ツ沢メインスタンド(1967年)
三ツ沢メインスタンド
(1967年)
三ツ沢ゴール裏(1967年)
三ツ沢ゴール裏(1967年)
三ツ沢バックスタンド(1986年)
三ツ沢バックスタンド
(1986年)
三ツ沢(メインスタンドより見たバックスタンド側)1988年4月
三ツ沢
(メインスタンドより見たバックスタンド側)1988年4月
等々力(1986年)バックスタンドから見たメインスタンド側
等々力(1986年)
バックスタンドから見た
メインスタンド側
等々力バックスタンド最上段(1986年9月)
等々力バックスタンド最上段
(1986年9月)
国立(1967年11月)
国立(1967年11月)


西が丘(1986年)
西が丘(1986年)


駒沢(1967年)
駒沢(1967年)







味スタ?(1986年)
味スタ?(1986年)

三ツ沢球技場。 最初の2枚は1967年、もう40年近く前のたたずまい。私が初めて三ツ沢を訪れた時に撮影したもので、試合は日本リーグのこの時代に三ツ沢をホームグランドにしていた日本鋼管の対東洋工業戦と思われるが当時の試合としては随分観客数が多い。これは第一次サッカーブームに突入する直前の時期にあたる試合だったからでしょう。ご覧のようにメイン・スタンドの造りは現在は最上部にプレス・ブースが増設されている他は基本的には変わりません。ゴール裏は(現在のホーム側)現在は増設されていますが当時は今の半分くらいのキャパかな、そして左側にある掲示板が異様に小さい。
そして次の1枚は約20年後の86年のバック・スタンドの風景、もちろん日産の試合、そういえばこの前の試合でもいたよね、といった顔見知りの方ばかりでしたね。そして良く見れば、木のベンチ!ゴール裏の様子もよくわかる。もう1枚は1987年メイン側からバック・スタンド側を写したもの、これも日産の試合、ゴール裏側との間に植え込みがあったのが懐かしい。この頃はゴール裏で見る人はほとんどいなかった。

等々力競技場。 1枚目は86年、今から20年前の等々力のバック・スタンドからメイン・スタンドをバックに写したもの。あまりにも変わってしまったので良くわからなかったが、背景に野球場のライトが見えるので、やはり向かい側がメイン・スタンドであろう。しかし、この汚いグラウドを見てください、芝は茶色どころか、ほとんど剥げていて土がむき出しになっている。これは日本リ−グのNKKの試合だね、長身のCF松浦がいるのでわかる、GKは松井でしょう。この頃のNKKは浅岡、及川など大学サッカーのスター選手が入部して勢いがあった。もう1枚は86年のバック・スタンド最上段(ちなみに最上段までで13段しかなかった)。ちなみに奥さんの持っているプログラムは日本リーグ2部のもの、当時日本リーグ2部の富士通が等々力をホームグランドとして使用。2部の試合も結構見に行った。富士通にはヴァンフォーレ甲府をJ1に昇格させた監督の大木さんが現役で活躍していた。

国立競技場                            
1967年の国立競技場、メインスタンド最上段から写した全く意味のない写真。シートこそ少し良くなったが、基本的にここは変わっていない。日本リーグの試合、いかに観客が少ないかわかるでしょう、当時はよく観客1500人と発表されたがそれは嘘、ご覧のように人数が数えられるほど少なかった。当時、指定席はありません、念のため。

西が丘サッカー場                        
1986年 西が丘サッカー場、バック・スタンド側とゴール裏。Jリーグが開幕してから殆ど行かなくなってしまったので最近はわかりませんが、TVで見る限り変わっていないでしょう。東海大学の前田(→全日空、フリューゲルス)のゴールの瞬間です。

駒沢競技場                                                     
1967年12月、全国大学蹴球選手権大会の一コマ。バックスタンドの観客は35人くらいでしょうか。当時は駒沢といえばサッカーのメイン会場でしたが、最近ではJではナビスコのFC東京のホームゲームがあった程度でしょうか。あとは高校選手権で行くくらいで疎遠になってしまったが、ここも基本的には変わっていないでしょう。後ろに見える国立第二病院(現在の国立医療センター)はすっかり変わってしまいましたが。

味の素スタジアム?                       
1985年味の素スタジアム?よく見ると後ろのほうに飛行機が写っていますね、そうここは味の素スタジアムができる遙か前の調布飛行場の空き地。「ここにサッカースタジアム造ればいいのに」なんて冗談を言っていたが、まさか本当にできるとは夢にも思わなかった。